美しい言葉 | 名言・格言bot

カウンター

コンプライアンス(書きかけです)

10年前はあまり聞かれなかった言葉が、今では当たり前になりすぎて聞かれなくなっています。しかし、

 

コンプライアンス=法令遵守

 

と思っていらっしゃる方!ぜひご一読ください。

故意と過失

人や組織が何かの罪を犯すとき、その原因は「故意」と「過失」に分けられます。

まずは、下記の事例が「故意」・「過失」のどちらによるものかを考えてみましょう。

1.広報紙をつくるにあたり、まずいと思いながらもマンガのキャラクターを無断で使用した。

2.納税通知書を誤って他人に送付した。

3.意見箱に投函されたクレームについて長期間にわたり処理を怠っていた。

いかがでしたでしょうか?

実はここでは「故意」なのか「過失」なのか、正解はありません。

「故意」か「過失」かはその状況により判断が様々だからです。

上記の1~3の情報だけでは、なかなか判断できるものではありません。

 

ただし、ひとつだけ言えることがあります。

 

それは…「故意」でも「過失」でも、それは「罪」に違いないということです。

しかも、公務員の場合「過失」であっても、大きく報道され、「故意」と同様に役所への信頼を失墜させます。

 

つまり今日、公務員は「故意」による罪を「コンプライアンス」によって無くすだけでなく、「過失」による罪も「リスクマネジメント」によって無くさねばなりません。

 

リスクマネジメント…これから起こりうることを想定し、そのリスクが引き起こす問題を事前に無くす(または最小限にとどめる)よう対策を講じること

作為と不作為

また、人が罪を犯すとき、その行為は「作為」か「不作為」に分けられます。

「作為」とは「積極的にする」こと。「不作為」とは「やるべきことをしない」ことですね。

 

犯罪を「不作為」によって犯すことって、なんだかイメージが湧きませんよね。でも例えば、

1.ある申請書の提出を受け付けたのに、それに対する通知書を発行しなかった。

2.申請をすることにより受給者に利益が生じるのに、広く周知を怠った。

3.保管すべき書類をそのままにしており、いつの間にか喪失した。

4.電子システム任せにして、手作業による確認を怠った。

5.職場で起こったパワハラやセクハラを注意しなかった。

などが挙げられると思います。

自ら積極的に犯すものが罪だと思っていましたが、逆に何もしないことも罪になるのだということです。

広義のコンプライアンス

では、ステークホルダーズが公務員に求めているコンプライアンスとは「法令遵守」だけで良いでしょうか?果たして法令を遵守しているだけで、上記の1~5が無くなるでしょうか?

 

ステークホルダーズ…直訳では利害関係者。ここでは、住民、事業者、職員、関係団体、マスコミなどをいう。

 

法令には書いていないこともあるし、拡大解釈・類推解釈だってできます。それに、今の時代にそぐわないのに改正もされずそのままになっている法令だってあります。

ですから、法令を遵守しているだけでは、到底ステークホルダーズを納得させることができるだけの基準は達成できないのです。

広義のコンプライアンスとは、法令遵守はもとより、遵法性、良識性、誠実性、公正性、主体性をもって業務を行うことなのです。

・遵法性=法令など明文化・規定化されたものを守ること。ルールが無いからやってもいいんだという「法の抜け道」を歩まないこと

・良識性=社会から信頼を得られるかどうか考えて行動すること。モラル・マナー・常識・社会通念を持つこと

・誠実性=嘘をつかず、ごまかさず、真剣に人のために尽くすこと。正直・真剣・真心

・公正性=誰がみても正しく納得性のある行動をとること。誰からも後ろ指をさされない行動

・主体性=何事も自分の事としてとらえること。見てみるふりをしない。対岸の火事として傍観しない。相手の立場に立つ。

法律というものはただの「線引き」ではありません。そのために常に自分が行っている業務(行動)がどの法律にのっとっているのか、そしてその法律の本質・目的(第1条)は何なのかを考える必要があります。公務員は「法精神の体現者」にならなくてはなりません。決して「法匪」になってはなりません。

 

法匪…条文や語句の解釈にこだわったり、法の抜け道をさがすなどして法精神までゆがめてしまうこと。

合理的妥当性

遵法性をもって仕事をすることは重要ですが、実際の業務のなかでは、いわゆる「例外」という存在を認めなければなかなかうまく業務が進まないことがあります。しかし、そのたびに「例外」を認めていたのでは、どんどん「例外」が増えていき、何が何だか分からなくなってしまいます。

 

そんなときには、これまで「例外」かどうかで判断していた基準を「合理的妥当性」があるかどうかで判断するようにします。

合理的であるとは、物事が論理にかなっていること

妥当性があるとは、それをやることに無理なところがなく適切であること

です。

 

合理的妥当性をもって業務にあたれば、関わる人の多くが納得するし、担当者も自信を持って対応できます。また、このやり方を続けていく事で、職員1人ひとりがいちいち考えるようになり(思考停止状態から復活)、1人で考えても分からないことは、周囲の人間と議論する(風通しの良い職場環境)ようになります。

 

やはり何事にも言えることですが、コンプライアンスを実践していくためには、風通しの良い職場風土をつくるということが一番の近道だと思います。そのためには行動すること、仲間をつくることです。

 

結局ここに落ち着くんですね。

新しい目(芽)レポート

不作為は罪である。

 

これは以前私が、五ヶ瀬町長の飯干辰己氏から教わった箴言です。これまで、自分の「ヤル気スイッチ」を押し続けるために、事あるごとに自分に言い聞かせてきた言葉ですが、まさかこの言葉が「コンプライアンス」にも通ずるものだったとは新鮮な感覚でした。